祝!FIBAアジア男子バスケットボール選手権大会出場権獲得

久しぶりの更新です。

延期になっている女子のFIBAアジア選手権の開催は未だ決まっていないものの、バスケットボール女子代表は合宿が再開されました。

今回は来月台湾で開催されるジョーンズカップに出場するため若手中心。

FIBAアジア選手権にはベテランが帰ってくると思うけど、ジョーンズカップはFIBAアジア選手権と違って、毎年台湾でおこなわれている小規模国際大会。

ここで勝った負けたはその他の大会の出場権などに関係ないので、若手の修行の場にはちょうどいい感じ。

台湾はバスケット人気が高い。

その中でも16歳から代表チームのエースとして活躍しているチェン選手はベテランさんだけど超人気者。

最近の事情は私もよく知らないけど、自分のブランドがあったりメディアにもたくさんでていて、自分の番組もあると聞いたことがあるような・・・

ずっと前にチェン選手が所属するチームの練習を見たことがある。

チェン選手はベテランさんにも関わらず、他の選手と一緒にめちゃめちゃ地味で苦しい練習をやっていた。

誰もが認めるエースでベテランなのに休まない。サボらない。

台湾と聞くとチェン選手を思い出し、ジョーンズカップと聞くと暑い体育館とケガした選手と乗った救急車を思い出します。

ジョーンズカップは来月12日開幕。

まぁ、日本のメディアでは取り上げられることはないと思うので、ぜひバスケットボール協会のHPで確認してください。

http://www.jabba-net.com/

そうそう、最後になりましたが、先日まで愛知県小牧市でおこなわれていた男子の東アジア選手権が終わり、日本は2位に入ってFIBAアジア選手権出場が決まりました。

すでに大会は終わっているけれど、どんな感じだったかちょっと覗いてみたい方は下記をチェック↓

http://eaba.jabba-net.com/sm/2009/

ところで私は今月から陸上の仕事に復帰(?)しました。

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やってやれないことはない!やってやれないこともある・・・

当初の予定通りであれば、今ごろ私はオーストラリアにいるはずだった。

でも、新型インフルエンザのおかげで遠征は中止。

確かに遠征は大変だから、行く前は色々としんどいことを想像して「行きたくない・・・」なんて思ってしまうのだが、いざ行かないとなると「行きたかったな・・・」と思ったりする。

多くの物事がそんなもんである。

やる前(行く前)は面倒だったりプレッシャーだったり怖かったり不安に思ったりして「無理!」と思ってしまうことがある。これはやる前(行く前)から色々と想像しているからで、言うなればネガティブな空想力が強いほど、自分には全然できないと思って勝手に落ち込んだり自信をなくしたりしている。

でも、いざやってみると思っていたより上手くできることもある。終わってしまえば、どうってことなく終わってしまって「できた!」と達成感に満ち満ちてたりする。

もちろん、想像した通り上手くいかないこともある。そんなときは「やっぱり。。。」と奈落の底まで落ち込んでしまったりする。

でも、やらなきゃ(行かなきゃ)、ネガティブな想像は想像で終わってしまって、いつまでたっても怖い想像から抜け出せないことになるから、結果はどうなろうともやった方が(行った方が)いいのである。

やってやれないことはない。やらずにできるわけがない。(これを聞いて、やってやれないこともある。やらずにできることもある。。。と私の先輩が言っていた。確かにそういうこともある。)

選手をみていてもそう思う。

ミスを恐れて縮こまったプレーをしていては、いつまでたってもいいプレーはできない。勇気を持ってプレーしなければ先に進めない。

いつも二軍ではいいプレーするのに、一軍に入ったとたん気持ちが萎縮してしまって、さっきとは打って変わって消極的になってミスを連発し、再び二軍に降格。

なんでこんなことが起きるかというと、「監督に怒られたらどうしよう」「ミスしたらどうしよう」「レギュラー陣とうまく合わせられなかったらどうしよう」なんて考えてしまうからじゃないかと思うのである。

その逆で「うまくやってやろう」「いいプレーをして監督に認めてもらおう」と思うあまり、気合が入りすぎて空回り。ということもある。

選手に限らず仕事をしていれば、多かれ少なかれこんな経験があるのではないでしょうか?

さて、バスケットボール女子日本代表は3月から合宿が始まり、現在は16名(実質は15名)で合宿を続けてきた。

最終的には12名に絞られるので常にセレクションにかけられている状態。ここから4名が落選する訳だけれども、「自分はボーダーラインだから・・・」という必死さというか、悲壮感みたいなものはあまり伝わってこないなぁと思っていた。

実際、世界選手権のアジア予選となるFIBAアジア選手権が延期になったりして、選手自身も「実感」が少ないんじゃないかと思う。

けれど、大学生や実業団を相手にゲームをするようになってきて、スターティングメンバーに入れるか入れないか、どのタイミングで呼ばれるかで、選手はちょっとづつ自分の位置を確認しているんだろうと思う。

今年度の代表活動は、大会が延期になったり遠征が中止になったりとスケジュールが二転三転して落ち着かない。

とりあえず、一日も早くFIBAアジア選手権の日程が決まって欲しいものである。

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対談番組とばあちゃんの言葉

NHKで、憲法25条 基本的人権の尊重をテーマにした対談が放送されてた。
放送は最初から全て見ていた訳じゃないから、断片的なところもあり、記憶があやふやなところもあり。
派遣切りにあった男性のインタビュー。
派遣先は日払い仕事だったから収入が月10万のときもあった。今は生活保護を受け月10万以上の生活費が保証されている。皮肉なことだ。と言っていた。
彼のように生活保護を受けながら新しい仕事を探す人もいる。
保護を受けながら資格取得のために学ぶシングルマザーもいる。
生活保護が受けられずに餓死した人もいる。
でも生活保護を受けながらパチンコ通いしている人もいる。
おかしい。

それから先日、某タレントさんが介護疲れから自殺。他人事じゃないと感じた人も多々いるのでは…

対談者の一人は、後期高齢者の長寿はこの時代、めでたいことではなくなってしまったんじゃないか。
自分で死ぬ時期を決めなければいけないか。と話していた。
そういえば、昔は姨捨という週間があった。
一昔前は自ら食を細めて枯れるように死を迎えることもあったそう。
今は医療技術で生きながらえることができる。
昔なら死んでいた人が今は生きられる。
良いような、悪いような。
私は病院で死んでいった父方のばあちゃんの言葉が忘れられない。
軽い気持ちで入院したが、検査、検査と続くうちに立って歩くことができなくなった。
そんな頃、母にこう言ったそう。
大岡川に捨ててくれ。

そのうちばあちゃんは認知症になり、点滴だけでただ心臓が動き排泄だけを繰り返す毎日。
話し合いの末、点滴を止め心臓が弱って止まるのをじっと待った。
大岡川に捨ててくれと言ったばあちゃんの気持ちが私にもいつか訪れるのだろうか。
わかる日が来るのだろうか。

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マツバギクとルピナスと胡蝶蘭

ばあちゃん家から我が家に来て早三年。
ちっとも咲かなかったマツバギクがやっと咲いた。
ほっといても咲くだろうと思っていたのに下葉ばかり枯れてゴミばかり増える。
三年目を迎える今年、やっと気がついた。
根づまりしてるんじゃん!
剪定(テキトーに刈り込んだ)して、植え替えたらあっという間に蕾ができて、ある朝、ポポンと咲きはじめた。
いやいや、良かった。
ばあちゃん、お待たせしました。
これがマツバギク。
これは手前の白い棒状の花がルピナス、奥のピンクはゼラニウム。
ゼラニウムもばあちゃん家から来た。
この子は毎年たくさん花を付ける。
白いルピナスは新入り。
二株のうち一つしか咲いてないけど良しとする。
今日は胡蝶蘭も咲いて上出来。
幸せ\^o^/

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板橋で出会った日本史

合宿中、ナショナルトレーニングセンターのアスリートビレッジに泊まれなかったので、車で15分くらい離れた板橋駅近くのホテルに宿泊していた。
板橋に来たのは初めて。
板橋駅周辺は特にこれというものもないなぁと思いながらコンビニへ行こうと外に出た。
何気なく見た立て看板に近藤勇の文字が!
近藤勇のお墓!
隣には土方歳三と彫り込んである。
そーいや、聞いたことがあるような…
そーか。
これか。
めっちゃ感動した。
近藤勇、土方歳三、新撰組、明治維新。
これらに興味を持ったきっかけは司馬遼太郎氏の小説。
それまで日本史なんてまったく興味なかった。
というか、日本史の授業は嫌いだったけど、駅のKioskで暇つぶしに買った司馬氏の本にハマった。
司馬氏にハマったのか歴史小説にハマったのかそこはよくわからぬまま、司馬氏の本を読みはじめた。
新撰組、明治維新、幕末…
あれからたった150年しか経ってないんだから、あの頃の日本人の考え方というか、脈々と受け継がれてきたものはそんなに変わる訳がない。
という気もするが、随分変わったんだろうな。
という気もする。
私は海外に行くようになって日本人で良かったと思う。
時間を守る。
キチンと片付ける。
相手を気遣う。
これら礼儀作法は日本人らしさだと思うのである。

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女子日本代表合宿中のRest 日は…

15日から行われていた代表合宿が今日の午後で終了。
(これは八重桜とバスケットボール代表のロゴマーク)
中川監督就任後の合宿は10日で1サイクルとなるように合宿日程が組まれている。
先日、久しぶりにまとまった雨が降った日。
その日はRest。終日お休み。
練習はないので、ホッと一息。
選手達はRest日をどう過ごすかというと、自主トレに行ったり、部屋でごろごろしたり、食事がてら街中をぶらぶらしたり、体のケアをしたりしている。
Rest日はみんながリフレッシュする日。
もちろん、選手だけでなくコーチもトレーナーも。
トレーナーもその日は午後からちょこっとケアしてケア業務終了。
練習がある日は夕食後がケア時間になるので、ケア人数が多いと最後のケアを終えて選手をケアルームから送り出すのが23時を過ぎることもある。
選手を送り出してからケア記録を付けたり、トレーナー同士で打ち合わせしたりしてると、あっという間に深夜を過ぎる。
深夜まで頑張って忙しく働いてるから充実してると思ったら間違い。
トレーナーが忙しいというのはNGである。
トレーナーがケアで忙しいというのは調子悪い選手が多いということ。
それはチームにとって良くないでしょ。
そういうことで、今回のRest日、早々にその日のケアを終え、雨の降る中サンダル履きのまま外に出て、靴下をびちゃびちゃにしながら美味しいと進められたステーキ&ハンバーグのお店へ。
開放感からちょっと贅沢なハンバーグセットを注文。
おいしく楽しい夕食になりました。

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台湾がアジア選手権返上!

今年もバスケットボール女子日本代表の合宿が始まりました。

来年開催される世界選手権の予選を兼ねたアジア選手権に出場し、世界選手権の出場権を獲得するというのが我らの目標が、先日報道されたように今年のアジア選手権開催地だった台湾が開催を返上してしまった。

http://sankei.jp.msn.com/sports/other/090408/oth0904081725004-n1.htm

聞いたときは耳を疑った。

おいおい、どうなってんだ?!

ウチらはこのまま合宿や遠征を続けんの?

それとも解散?

去年のように北京オリンピックに向けて頑張って、予選で負けて目標としていたのもに手が届かなかったという経験はあるけれど、これ!と決まっていた目標が突然消えてしまうというのは初めての経験。

でも来年、世界選手権がある以上、アジア選手権がおこなわれなければアジアの代表が世界選手権に出場できないことになってしまうので、いつかどこかでアジア選手権がおこなわれる。

でも今のところ、いつ開催されるのか、どこで開催されるのかは決まっていない。

これが問題。

いつかどこかで開催される大会のために強化は続けなければならない。

そのため解散にはならず、予定を変更しながらも合宿や遠征が続く。

これが、もともと来年の4月開催とかだったら、それはそれで、それに向けて強化合宿や遠征があっても「来年のため」と思えるのだけど、文字通り気が抜けてしまった感じがする。

戸惑っているという方が適当かも。

世の中、いろんなことが起こるものである。

そんな中、今年も変わらず綺麗に咲いてくれた桜。

アスリートビレッジとナショナルトレーニングセンターの間にある桜並木です。

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ベランダで植木達に癒される

3月になっても雨やら風やらで寒い日が続いていたけど、ここ数日は春らしい日が続き、花粉や黄砂が飛び回っている。
アレルギーのない私は一向に気にならないが、花粉症の人は大変らしい。
私はベランダの植木達で春になったなぁと感じる。
新芽が出たり花が咲いたりして全体的に色目も明るくなって、側に近寄ってじいっと眺めたくなる。
球根の植わってる鉢にはこんもりと三ツ葉が繁るようになった。
三ツ葉は所かまわずもこもこ増える。
ぞんざいに頭の上から水を掛けて、全員べちゃっと潰れてもいつの間にかもこもこになる。
かわいいなぁと思って頭を撫でると、もうにんまりするほど気持ちいい。
毛あしの長い毛皮のようなベルベットのような…
うっとりするほど心地好い。
暖かい日に鉢植えの植え替えするのも幸せな気持ちになる。
土はふんわりと温かく、ほぐしていくほどにいい匂いが漂う。
世の中にはガーデンセラピーという学問があり、心身に障害のある方のケアに役立てているそう。
至極納得。Dvc00003_2
我が家の三ツ葉。
下に植わってる球根は元気かしら?

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江ノ島で海面に映る夕陽を親子で眺める

「梅、見に行こうか」という母の一言から親子三人でのドライブが始まった。

曽我の梅林は梅祭りが終わったばかりで満開も過ぎていたけれど、それでもちらほらと観梅客が梅林の間を歩き、梅の花を覗き込んでいた。

もちろん、我ら親子もそれぞれの携帯で写真をとり、終わりかけの梅を楽しんだ。

天気が良ければ梅林の向こう側に富士山が見えるらしいが、この日はあいにくの曇り空。
富士山の裾野が雲間にちらりと覗くだけでテレビで見たような、写真コンテストの会場で見たような優雅な姿を見ることはできなかった。本当に残念。

梅を見て、売店でソフトクリームを食べることにする。

10種類くらいの味がある。父はイチゴ。母はミルク。私は迷った挙句、せっかくだから梅味にする。

お姉さんが梅味のソフトクリームをコーンに乗せながら、「これには梅酒が入っております」

えっ、お姉さん、今更言わんでも

「車なんですけど・・・」

「少量ですから大丈夫です」

いいの?それで?

一口食べたら、確かに梅味だけどアルコール臭くはない。でも、お酒に強いわけじゃないので半分食べたところで父のイチゴ味と交換してもらった。

梅も見た。ソフトクリームも食べた。さて次はどうする?

「江ノ島行こうか」

・・・江ノ島ですか・・・これといって行くところもないので「じゃ、行こか」と車に乗り込む。

江ノ島まで快適ドライブ。ひとしきり江ノ島話で盛り上がる車内。

最後に行ったのはいつだったか。弟は連れてきたか?甥っ子はどうだ?喜んでたよね。そうだよね。楽しかったね。やっぱり弟は連れてきたよ。お前はどうだ。行ったことあるよ。やっぱり弟は連れてきてないんじゃないか?

そんなこんなで、江ノ島に到着。駐車場に車を止め、お土産屋の間を縫って坂道を上がる。

神社に続く階段の横にあるのが「エスカ」

両親は「あーこれこれ、できたばかりの頃は珍しかったよね。」と言っているが私は初見。エスカは有料のエスカレーター。片道お一人350円だったかな。

エスカは境内ごとに3回乗り換える。1号~3号までエスカごとに料金が設定されているので途中からでも乗ることが可能。

ただ、最後のエスカはマンションの1階から2階に上がるくらいの距離で100円。

展望台から海を眺める。

陽が落ち始めて海面がキラキラと鉛色に光ってる。

岩屋へ行こうということになり展望台から降りて岩屋へ向かう階段をどんどこ降りていく。
ねぇねぇ、こんだけ降りたらこんだけ上がるんだよ。大丈夫なの?

細い道のところどころにお土産屋や食堂があり、その間に民家もある。

岩屋へ降りてまたまた海を眺める。そして母はなんの躊躇もなく500円×3人分を払い洞窟へと入っていった。

入り口で柄杓のような形をした木の入れ物に小さな蝋燭が入ったものを渡される。これで足元を照らすのか・・・と思いきや、ちっとも明るくない。

この蝋燭の役割がわからん。

天井が低く、壁に沿って張られたビニールの後を音を立てて水が流れていくなかを道順とかかれた札を目安に歩いていく。

一番奥にはゴロゴロという雷のような音をたてながら七色に点滅する光のなかに龍のロボットが口を開けたり揺れたりしている。

なんでこんなの作っちゃったんだろうね。

岩屋からの帰り道。上れる?とちょっと心配した階段を両親も無事上りきり、若いときには来たくて来たくてしょうがなかった湘南を車で走った。

鎌倉の八幡様の横を通り抜け、母のお友達の家の近くを通り抜け、渋滞に巻き込まれながら無事に帰宅。

お疲れ様でした。

翌日、「ねえねえ、あんなに階段上り下りしたのに筋肉痛じゃないの。すごいでしょ」と母は自慢げに報告してくれた。

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しだれ梅

002_2 真ん中にあるのは亀岩

001_2 夕陽に光る海面

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2年ぶりに新小岩に出没

昨日は久しぶりに新小岩に出没した。
私が新小岩に行ったと聞いたらピンとくる方もいると思う。

そう、あれはもう22年前のこと。

専門学校を卒業し、とりあえず実業団チームにアルバイトながらもトレーナーとして通えるようになったものの、何もできない自分に愕然とした。
というか、「やっぱり、これじゃマズイよね・・・」と、その時になって初めて真剣に勉強しなきゃと思ったのであります。

そんな時、紹介されたのが川野哲英先生である。
初めて日本体育協会スポーツ診療所のリハビリ室で「こんにちは」と挨拶してから22年。

いろんなことがありました。

診察が始まる前や診察後に、ジャッキーチェンのごとくビシバシと川野先生の手が飛んでくるのを、こっちも腕でガシガシと受け止めていたら、前腕全部が打撲で赤紫色になった。

気功だったかなんだか、廊下でドーンと押されたら、マジで後ろにぶっ飛んでスイーッとお尻で滑っていったら、受付のおばさんに「何やってんの?」と怪訝な顔をされた。

怒られた回数は数え切れず・・・

でも、時には恥ずかしくなるほど褒めてくれる。

で、いい気になっていると、奈落の底へ落とされるって感じの毎日でした。

そんなこんなで色々ありますが、22年間、気にかけていただいて感謝しております。

色々お世話になっているにも関わらずすっかりご無沙汰してしまっていたので、昨日は突如電話してクリニックにお邪魔してお顔を拝見することなったのであります。

突然の訪問にも関わらず、先生は快く迎えてくださって、お昼ご飯の残りといいながら手料理をご馳走してくれました。

22年間で初めてのことなので、記念に写真を撮りました。
味は中華っぽくてラーメンの上に乗せたい美味しさでした。

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